月下に眠るキミへ
 


 
  エピローグというか おまけというか



まだ微妙に都市伝説扱いの“異能力者”を戦闘員として数多抱え、
魔都ヨコハマの裏社会を謀略と血で席巻している巨大な犯罪組織。
そんな恐ろしい肩書の下、逆らう輩には容赦のない制裁を下す、
泣く子も黙るポートマフィアの五大幹部の一隅を 20代という若さで担う、
重力遣いのちょっとミニマムなイケメン・中原中也さん(22歳)は、
現在ただいま、ポートマフィアとは相容れない活動で秘密裏に暴利を貪っていた
某新興組織の討伐という任務に就いており。
その最終段階に入った関係で、
10日ほど前から、ヨコハマからやや離れた奥関東の某所まで 小規模な手勢と共に遠征していた。
ポートマフィアに目をつけられたと気がついて
大慌てで一党率いて逃げ出したような 尻腰のない組織ながら、
その直前までは何とも自信満々、
富裕層の若者らへ近づき、出鱈目な配合の危険ドラッグを売りさばくという、
それは大胆不敵なまでの幅の利かせようだったことへ。
ちょっと気が大きくなってただけの素人集団だったにも関わらず、
そこそこのセレブへつなぎをつけた上で
そんなことが出来たほどの裏技が行使できるだけの、途方もない奥の手がありそうだと。
何ならそこまでの自信を持たせる提携相手を暴き出せとの首領からの指示もあってのこと、
ただ壊滅させりゃあいいというわけじゃあない、微妙にややこしい任務でもあったので。
そんな大まかな条件付きでは、
いつになったら目途が立つかも判らず、持久戦覚悟のお務めだったのだけれども。

 “…何だってんだ、まったくよ。”

何とも歯がゆい進捗を見せていた、めんどくさいお務めは、
文字通り いきなり乱入して来た謎のロシアンマフィア一味が
そちらもまた大胆不敵、好き勝手な大暴れをして監視対象を殲滅したため、
何とも呆気ない形で幕を閉じ。
狐につままれたような心持ちでいたのもほんの一刻、
自分たちはろくに手出しもしちゃあいない虐殺現場から
とりあえずは撤退することとなりつつ、

 “妙な名前を落っことしてったのが業腹だが。”

その決着には色んな意味で納得しちゃあいなかった幹部様なれど、
それでもまあ、やっとのことでヨコハマへ戻れるのは偽りなく僥倖だと受け止める。
結構な僻地だったがため、車を使ってはアシがつくのでと、
ギリギリ間に合った最終列車で中継地となる帝都へ向かう車中、
首領へ顛末を報告するまでが任務とばかり、意識はまだまだ鋭に冴えて居たれども。
想いの方は愛しい誰かさんの元へ早く着け着けと
大人げなくもその場で駆け足したい大幹部様であったのだった。






  …………で。


 『吉報だぞ、中也さんが戻ってくる。』

マフィアの情報を漏洩したわけじゃあない、
太宰さん情報とやらで、すぐにも戻って来ることを伝えられた虎の子くん。
ぼんやりふにゃふにゃした微睡み状態だったのが、
ぱっと吹き払われたほどの爆弾級の吉報には、
それまでどこか塞ぎがちだったお顔も嬉しそうな喜色を取り戻し。
安心したせいでお腹が空いたらしいの、
わあ何て判りやすいと苦笑した太宰が発注した
デリバリーの温かい中華で満たしてもらって、
あらためて“ようようおやすみ”と寝かしつけられて。

 「…ん。」

心細くてというよりも、温かい抱き心地がよくてだろう、
ぎゅうと掻き抱いたままの何かへくっつけていた頬、
うにむにと擦り付けながら ゆぅっくりと目を覚ませば。
常の寝床じゃあない堅めの寝台の上に居ることへ、
まずは“あれれぇ?”と、違和感を覚えたものの。

 「起きているのだろう?」

朝にはめっきり弱そうな“低血圧”風の風貌を大きく裏切って。
随分と早くに目が覚めていたらしい供寝のお相手さんが、
つれづれの潰えに読んでいたのだろ文庫本を片手に
もう片やの手で虎の子くんの髪をくしゃりと掻き回す。
目が覚めているのならとっとと起き上がれと促しているのだろうか。
というのは察せられたものの、

 「う〜、もうちょっと。」

疲労が残っていてというより、日頃もそうな 寝穢なさが出てしまい、
まだ寝ていたいとつい駄々がこぼれる。
というのも、

 「なんかすごい違和感が。」
 「ん?」

何がだと語尾の上がりようとちろりと向けられた視線で訊かれ、
その痩躯に腕を回しの、頬をくっつけのしたまま、
もごもごと応じての曰く、

 「だって、芥川って体温も低そうなイメージなのに。
  こうしてるとすごく ぬくとくて気持ちいい。」
 「ぬくとく…?」

意味の分からないらしい言い回しを繰り返すのへ、
ふふーと焦らすように笑って誤魔化す敦で。
18の自分と同い年に見えるほど童顔なくせに
意外としっかりした大人の手をしているのは知っていたが、
指に髪を搦めつつ、手のひらが頭へぐいと触れたざっかけないあしらいから、
見栄えだけじゃあない、頼もしさも備えているのだと伝わって来て。

 「…何か中也さんみたいだ。/////」
 「貴様の形容する“中也さん”は、褒め言葉と捉えてよいのだろうな。」

懐かれて満更でもないものか、胸元を緩く震わせて くくと笑い、
とうとう閉じてしまった本から離れた視線がこちらへと向けられる。
非番の日に逢う時の、これでも屈託のない表情なのだと判って、
こちらも ふふーと楽しげにお顔をほころばせれば、

 「二人ともおはよう。」

向かい合ってた方とは反対側からの声が降って来て、
こちらは問題なく頼もしい大きめの手がぽすぽすと髪を撫でてくれ。
視線を上げれば、長いめの前髪の下に鳶色の双眸をしばたたかせて、
少しほど眠そうな顔の太宰さんが見下ろしている。
ああそうだった、ほんの半日も経たぬ昨日、
捕り物中に昏倒してしまった自分を案じ、二人して傍についててくれたんだっけ。
まだ随分と早い時刻なれど、それでも空は白み始めているほどで。

 「そろそろ与謝野先生も来られるよ。」

なので、朝チュンもどきな会話はやめなさいと、(笑)
笑顔じゃああるが微妙に圧力の高そうな威容で迫られて。

 「……太宰さん、何か怖いです。」
 「気のせい、気のせい。」

探偵社組の微妙な会話に、やはり意味までは分からないまま、
身を起こした黒の青年が寝台から降り、
脱いでいた外套を羽織り直して身支度を整えておれば、

 「待たせちまったね、さあ診察しようか。」

軽快な声が彼らを戸口の方へ振り向かせる。
ヌクヌクと眠って、もうすっかりと万全だという
そんな健やかな目覚めを迎えたところへ、与謝野先生が早々と社へ出て来てくれたらしい。
一応は部外者だとはいえ、コトの顛末は重々承知な女史は、
傍らにいる芥川にも朗らかな会釈を向けてから、
外着を脱ぎつつ洗面台へ向かって手を洗浄。
此処での制服でもあるパリッとした白衣を羽織ると、
硝子戸の付いた戸棚の抽斗を引き、手慣れた様子で診察に必要なあれこれを取り出す。
一旦意識が戻った昨夜のうちにも携帯で容体の話はしてあったので、
顔色やら呼吸数を観察しつつ、聴診器で呼吸器の音や胃の働きようなぞ聴いて確かめ、
脈をとりの問診をしのと、テキパキと診たそのまま、うんうんと何度も頷き。
懐っこい子犬みたいな顔の敦と視線を合わせると、
それは頼もしくにっかりと笑ってやる。

「大事はないよ、良かったねぇ。」

自分でも異能はあてにしちゃあいけないと力説しはしたものの、
それのお陰様で危機的状況や激闘死闘の渦中から脱しては
幾度となく命をつないできた この少年でもある事実は否めない。
一時はそれが緩んだか、いきなり悪寒に震え出しもしたらしい話を聞いて
“何だって”とギョッとしたほどに、彼女もまた虎の超回復の恩恵に知らず頼っていたようで。
そんな案じもどこへやら、
いつものお元気な彼へ戻ったことを、医師としても認めてやるよと笑って見せ、
太鼓判を押してくれたところへ、

「邪魔するぜ。」

返事も待たずにドアを抜け、医務室までをずかずかと押し入って来たのが、
ちょいとグレードの高い黒ずくめの正装姿、
ただし、どこか重々しい負の匂いが染みついていて、見るからに恐持てのしそうな、
黒外套&帽子付き マフィア仕様のスーツをまとった人物で。

 「中也さんっ。」

この社に属す限りは、間違いなく敵対組織の、
それもかなり上位の幹部でありながら、何でか ずんとよしみ深き間柄ともなっている男。
避けては通れぬ高次な諍いが重なった末というのもあるが、
それよりも判りやすい個人的な交流が 少なからずあったせいだという、
何とも朗らかな縁があってのこと、
敦のみならず与謝野とも友好的な顔を見せ合う仲になっている御仁で。
当の五大幹部様にしてみても、

 “此処は敵地のはずなんだがな…。”

古風な形式のエレベータで上がる4階までのアプローチにも、
このビルヂングの空気にも、
今のような早い刻限でなくともほの暗く、古紙の香りのするかび臭い廊下にも。
微妙に慣れのある自分にふと苦笑が洩れて。
小窓へ曇りガラスのはまったドアの向こうには、まだ早朝だったからか人の気配も薄く。
少なくとも社としての機能はまだ働いちゃあいないらしい静謐の中、
まずはの待ち合いにあたるフロアの壁へと凭れて立っていた、
やはり黒ずくめの痩躯が身を起こし、
それなり目礼を寄越したのへ手を挙げて会釈を返す。
此処は間違いなく武装探偵社のエントランス。
様々な秘匿情報も散らばっていよう執務室にじかに連なる空間のはずなのだが、
こちらにそれへの関心がないのが向こうにも判っているのだろう、
何という警戒もないまま見張りも立たない医療空間へ踏み込めば、

 『中也さんっ。』

嗚呼、どれほどぶりだろうか。
まだ微妙に変声期前であるかのような、甘い高さをおびた声が、
間違いなく喜色に満ちた色合いでこちらへと放たれる。

 【 中也、敦くんは武装探偵社の医務室に居るよ。】

ヨコハマへ到着してすぐという憎たらしいタイミングで
小憎らしい奴から携帯越しに聞かされたのが、
虎の少年もまた物々しい経緯の末に看守りの要る状態にあったという現状で。
凍死しかねぬほど凍えさせられ、意識を失ったままでの昏睡状態。
そうまで具合が悪かったのだという事情を聞き、
胸が総身がぎゅうとキツク絞めつけられて、
こうして顔を見る直前まで、そりゃあ痛切に案じていたものの、

 「おかえりなさい。////////」

長の遠征、大変でしたね、怪我とか してはいませんか?
丁度 与謝野先生もおいでです。診てもらいますか?なんて。
前半は与謝野先生も居るのに口外してもいいものかという微妙な言いよう、
後半は後半で、あんまり親切じゃアなかろうよと、
太宰が思わず吹き出しそうになったねぎらいの言葉が出たほどで。
診察を受けていたものか、病衣姿なのは痛々しいが、
上体を起こして座っており、
朗らかに談笑していたくらいだから、容体はもう悪くはないらしいのが伺える。
微妙に相変わらずのそんな愛し子くんなのへ、中也自身の見せた反応はといえば、

 「手前の方こそ大変だったんだろうによ。」

傍にいちいち付いててやれないのは仕方がないが、
経過観察が要ったほどには重篤だったのに
それすら知らずに遠方に居たのが歯がゆいと。
切れ長の目許を切なげに細めると、
手套をしたままの手を頭へと伸ばしてくる。
さらさらと手触りのいい白銀の髪ごと、クルクル掻き回すように撫でてやれば、

 「〜〜〜〜〜〜。////////////」

人前での子供扱いなんてと照れるでなく、
首をすくめるようにしてこそ見せたが、
いかにも嬉しいとばかりに含羞みの表情を隠さないのが、
これはもうもう立派なお惚気でもあって。
開けっ放しになっているドアの向こうでは
芥川も苦笑交じりにこの様子を見やっていたものの、

 「あのあの、」

そんな彼も含めての、周りに居合わせた大人たちへと、
含羞みながら虎の少年が一言発した。
曰く、

 「…僕は役に立てましたか?」


  ………え?、と


 訊かれた全員がぽかんと口許を真ん丸に開け。


一番の大手柄だったのに何言ってんだ、と与謝野せんせえが呆れ、
探偵社とはそこまで完遂認識が厳しいのですか、と芥川が太宰に目で訴え、
この子はもう〜〜〜っ、と額と目許を手のひらで覆った太宰が天井を見上げ。

 「これで認められてねぇってんなら、マフィアへ引き抜くぞ、ごら。」

彼なりの言い方の大意を訳すれば、
使いでありすぎる有望株が、そんな言いよう軽々しくするんじゃありませんと。
ちょっとマナー違反だったが、人差し指で 手前だ手前と間違いなく指差しつつ、
怒っているよにも見える三白眼になって
“メッ”とたしなめた中也さんだったのでありました。



     ◇◇


一応は優先したらしい、本拠ビルにて首領様への慌ただしい報告をした後に。
此処までは自分の車で運んだ中也だったようで、
少しほど離れた道端に見慣れた黒塗りの外車が停まっている。
病み上がりなんだからと、それはそれは気遣ってのこと、
何なら姫抱きで運ぼうかなんて構える中也へ、
いやいやいやそれはちょっとと、真っ赤になって遠慮する敦という、
お約束ながらも微笑ましいやり取りが交わされつつ、
階下まで降りて来た、中也と敦、太宰と芥川という御一同。

 『社長にはアタシが言っとくから。』

報告書は太宰がまとめたというし、
今日はゆっくり体を休めるんだねと。
備え付けの洗濯機で洗って乾かした仕事着に着替え、
そちらはまだ少々湿気っていたジャケットを羽織って、
見栄えも元通りとなった虎の子くんへ、
専属医様から服用薬代わりの有難い助言が下されて。
だったらばと当然顔で中也が手を伸べ、
まさかに手を繋ぐというのは照れるだろうからと、
薄い背中へ添えるよにして。

 とりあえず、俺が送っていくから、と

敦が住まう寮へか、それとも中也の自宅へまでかは
はっきりと明言せぬままに
共にビルヂングの大玄関にあたるドアまで降りて来て。

 「じゃあな。」
 「えと…それじゃあ。また明日、です。」

やっぱり担ごうか?
 いいですよぅ。
何だよ、そんな嫌か?
 だって、そんなくっついたらドキドキがもっともっと大きくなっちゃうし

なんて。
聞いてる方が恥ずかしくなりそうなやりとりしつつの、
相変わらず、どこかかあいらしい二人を見送り、
懐ろの奥のほうをほこほことした安堵で温めておれば、

「…あのね、芥川くん。」
「はい。」

自分だとてそれは案じていた相手なのだろうに、
こちらが彼へと向くことでの よそ見はダメということか。
厳格な、だが、それにしてはやや語調の弱い声が掛けられたのへ。
不遜にはならぬよう、顔ごと其方へ向いたところ、
おや、こっちをお向きという意ではなかったか?と芥川が違和感を感じたほどに、
あの太宰が見るからに慌てた様子で はたはたと睫毛を上下させつつ視線を泳がせた。
それから、

「その、お、思い違いをしないでくれたまえよ?」
「? はい。」
「いやあの…だからね?」

どんな事態へもどんな逸物へでも、
何が根拠か決して威容を崩さない、食えない人のはずが。
芥川からの視線へちょっともどもどと口ごもり、
形のいい手をゆるく握って拳を作ると、
そちらも品のいい口許の上、隠すよに寄せて咳払いを一つ。

「今回、キミと敦くんを天秤にかけてはないから。」
「?」
「序列をつけたわけじゃあないから。
 キミのこと、敦くんを助けること優先に 道具みたいに扱ったわけじゃないから。」
「…あ、はい。」

思い違いをするなと来たからには、叱責なのかと多少なりとも身構えたところが。
思い上がるなよ、常に常在戦場の心持ちで気を引き締めていろ
…などとというのとは真逆の方向。
敦くん大事と優先し、キミをないがしろにしたんじゃないんだ、
そこをこそ誤解しないでねとの気配りを向けてくださったらしく。
え?え? 何で?と、
沈着冷静が基本の黒衣紋の青年が、双眸見開いて呆然としかかったほど、
何とも意外な配慮だったものの、

 「案じないでください。」

こんな瑣末なことまでわざわざ言わせるほどに、
もしかして自信のない態度ばかり取ってたのかなぁと。
そしてそんな自分の落ち込んだ素振りが、
他でもない、自分にとっては今なお尊くて最強のお人をこうまで狼狽えさせているなんてと、
面映ゆい苦笑がついついこぼれてしまった黒獣の覇王様。
ああ、この人が組織から離れて行ったときは この世の終わりなくらいに絶望したし、
それを実感したくはなくて、現実が形になる前にという勢い、
世界中をしらみ潰しにしたいほど探し回りもしたのになぁ。
そうやって出来た溝の深さはずっとずっとこちらの心をぎりぎりと苛んだが、
そうやって離れた身同士だからこそ、
あらためてのこと、この人がおずおずと慮ってくれるのが、
そんな必要はないのにな、でも何だかその優しい触れ方は嬉しいかななんて。
鮮烈なまでに残虐であれと学んだ自分には初めてな“やさしさ”に、
実はこれでも翻弄されており。
そしてそして、

 “…いや、うん。単にお友達としての仲のよさなんだろうけれど。”

密接なスキンシップも厭わないほど
あまりに仲の良いお弟子二人の無邪気さへ、
途中までは看過していられたくせに、
温めてやってねなんて自分から言えもしたくせに。
ちょっぴり睦まじさが増してた起き抜けのやり取りには、
さすがに物申したくなった師匠の複雑微妙な心境へまでは、
まだまだ全く至っていないまま、面映ゆげに微笑っている辺りが彼らしくもあって。

 「ところで、
  先達…中也さんを早く戻らせたのは、どんな手品を使われたのですか?」

逢いたいのはやまやまなれどと
何を置いても寂しがっていたはずの敦でさえも
“マフィアの動向を漏洩してはまずいのでは”と案じたほどに、
その運用への情報管理は厳密に徹底していて。
任務の対象や傾向は言うに及ばず、それへ対処する顔ぶれ、現在地などなど、
どんなささやかな情報でも
身内にさえ知らされず、そうそう外部に漏らされることはない代物なはずなのに。
今現在は“部外者”なはずの太宰が
何をどうやって中也の居場所を突き止め、仕事が片付いたことを知り得たのだろうか。
というか、どう考えたって、
彼が何かしらの策略を投じて早じまいさせたとしか思えない “間”の良さであり。

 「ん? ああ、それね。」

大したことはしてないよと、打って変わってけろりとしたお顔になると、
今度は余裕の笑みに目許と口許を弧にして見せ、

 キミに対戦車砲をぶっ放した馬鹿野郎を検索したら、
 渋々ながら誰かの手足になってる白系ロシアの組織の名が出て来てね、なんて

どういう手際だったかを手短に語ってくれて。
対戦車砲というのは 文字通り戦車を黙らせる威力を持つ火器のことで、
歩兵が手動で扱うそれだとて、近年の装甲素材のインフラに対抗し、
且つ、ゲリラの市街戦など真っ当な利用ではない活用も横行したためか、
結構えげつない威力のものもあるようで。
ちなみに、訂正前の“地対空砲”というのは、
地上から戦闘機を撃ち落とすために用いられる大砲のことで。
飛んでるものを落とせる威力の移動砲台で狙われたということになる。
それが持ち運びできる簡易携帯型、
バズーカやランチャーといった、人力操作規模のものであれ、
どう間違えても生身の人へ向けるものじゃあない。
…それを受けて立って無傷でやり過ごした存在もまた、
ヒト的に どうかしていると言わざるを得ないのだが。(う〜ん)

「そぉんな物騒な輩、
 キミが言ってたようにロシアンマフィアしか心当たりはなかったから、
 ちょいと裏からの逆引きであれこれ検索掛けてみたらば、
 随分と格の違う雑魚組織に弱みを握られている大物がいたんでね。」

それをつついたら、何と中也が関わってる任務とクロスオーバーしたものだからと。
わざとらしくも瞠目する師だったのへ、どこまでが本当の“奇遇”なのやら。
まま、そのくらいは
片手間に割り出せの、仕掛けを強引にぶっ込みのが出来る人じゃああるしと、
やらかしたのなら昨夜の間の仕儀には違いないのに
それさえ無理矛盾も不整合もなんてないと受け流せた芥川だったが、

「さあ、私たちも帰ろうじゃないか。」

それは朗らかに言われて、
いやあのと言葉を濁しかかったところが、

「森さんへの報告?
 そんなものとっくに提出しておいたよ、樋口さんに取りに来てもらってね。」

そうと続いたから、ここで初めての一時停止。

「…はい?」

ちょっと待ってくださいと、訊き返しかかれば、
それをまたもや遮られ。

「書式は変わってなかったし、
 内容さえ補ってあれば誰が書いたかなんて重要じゃないでしょ?」

私も同じ場に居たのだからと、しゃあしゃあと言ってのけ。
砂色の外套ひらめかせ、長い腕が延びて来て、
薄い背中越し、細っこい肩をひょいと捕まえ、
それは自然な流れで自身の懐へ引き寄せてしまう、
こういうことへは あの中也も舌を巻こう練達で。

 「あ…えっと。////////」

唐突な取り込まれにはギョッとしたものの、
ずんと背の高い太宰からは わざわざ覗き込まねば見えない角度なのをいいことに、
ちょっぴりうつむいたまま、血の気の薄い口許がゆるやかにほころんで。
間近になった優しい香りの主、
充実した肢体も精悍な、麗しの佳人の存在感へ、
困ったように戸惑うように、
白い頬へ含羞みを滲ませつつも、それは幸せそうに笑んで見せ。
そおと促されるまま、人影も少ない朝の街路を歩き出す。
クリスマスにも大晦日にも、
恐らくは物騒な任務に追われての多忙につき、逢瀬も叶わぬ彼らだろうが。
そのような型にはまった恋人振りなんて要らないと、
今すぐそばにある存在の確かさと温もりを噛みしめて。
静かに身を寄せ合い、頬を暖めたまま歩み出せばいいと……。




   〜Fine〜  17.11.28.〜12.29

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 *なんかぐだぐだな〆ですいません。
  こんな長丁場になろうとは思わなかったので、
  書きたかったところに辿り着くまでに、集中がぼやけちゃって困りました、ええ。
  あと、終盤になんか微妙に芥敦っぽい下りがあるのは、
  書いてる最中に “君/の神様にな/りたい。” の MAD観ちゃって、妙に滾ってしまったせいです。
  ルフィさんと敦くんが、タイプは全然違いすぎるのに
  土壇場の踏ん張りが重なって、うっとり見入っておりましたよ。
  そいで、当初は最強の敵だった芥川くんが、でもでも ( ウチのお話に限っては )
  がむしゃらな敦くんへ、こんな風に思ってたら萌える…とついつい重ねてしまったんですね。
  途方もない強敵が、次の戦いでは共闘相手になるというパターンを一応は踏んでるようですが、
  芥川くんに限ってはまだまだ一杯伸びしろあると思うので、
  決して戦力のインフラに負けちゃうということではないはずで。
  物理的にも精神的にも、
  いつまでも敦くんが追い抜けない、駆け続ける壁であってほしいです。
  (直接当たった“船上バトル”では負けたけど…。)

*1/02 訂正。
 どこぞかのマフィアが芥川くんに対戦車砲ぶっぱなした話が(7章)
 いつの間にか“地対空砲”へグレードアップしとりまして。(終章)
 通して読み直してて“おやぁ?”と、
 他でもない書いた人が齟齬に気づいてしまいました。
 場面場面でこういうやり取り書きたいと書き散らかしたメモの段階で
 統一されてなかったようです、すいません。